読書系フリーターのある日

どうでもいいことを吐き出してく雑記サブブログ。女性アイドルが好き。

天才的な日本史パロディ番組「戦国鍋TV」で絶対見るべき曲3選

戦国鍋TV大好きなんですよ、私。大学で日本史をやってたっていうのもあるので元ネタがある程度分かっているというのもあります。

 

戦国鍋TVとはなんぞというと、現代風に武将が日本史を解説する「統べらない話」とか、日本史の主に戦国時代の有名人をテニミュとかに出てるようなミュージカル俳優なんかを使ってアイドルにしてクソみたいに面白いパロディ曲を歌わせてみたりする、とにかくアホだな、でもすごく作り込まれてる。みたいな深夜番組です。

 

私はアイドルグループパロディの「ミュージック・トゥナイト」が一番好きです。

その中で笑いすぎてヤバいお気に入り動画3つを貼っときますので、暇つぶしにでもどうぞ。

全員イケメンです。

 

1、信長と蘭丸「敦盛2011」

www.youtube.com

最も有名なのがこれ。ほのかなBL要素。

「俺の心の桶狭間」がクる。

 

2、天草四郎と島原de乱れ隊「シマバラン伝説」(元ネタは少年隊)

www.youtube.com曲部分は4:40くらいから。最初の天草四郎伝説もかなりいい感じにパロディされてる。

多分ワカチコ!のところでジェロニモ!(天草四郎の洗礼名)って言ってる。

3、AKR四十七「討ちたいんだ」(AKR=赤穂浪士

www.youtube.com討ちたいのはもちろん、吉良上野介

「want you」みたいなノリで「殿中」ってくるからヤバい。

戦国鍋TV ミュージック・トゥナイト なんとなく歴史が学べるCD 再出陣!編(DVD付)

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食べ放題で元をとるという考え方の不毛さ

前々から、バイキングとかで「元をとらなきゃ」と言ってお腹がいっぱいなのに詰め込む人を見て不思議に思っていた。

不思議に思う理由は3つで、

・本気で元がとれると思っているのか?

・なんで誰も得をしないことをしようとするのだろう?

・お金を出して食事をする目的を何だと思っているのか?

 

これだ。

本気で元がとれると思っているのか?

私の認識でいくと、元を取るというのは支払った料金分かそれ以上を消費する・手に入れるというところなのだが、一般人がいつもより多めに食べたくらいで元がとれるんだとしたら、店はいったいどうやって利益を出していると思っているのだろうか?

 

だいぶ前になにかのTvで見たのだけれど、格闘家の北斗一家4人?5人?でバイキングに行ってどれだけ食べたら元がとれるかという企画だった。

結果としては、1人あたり一般人の2倍以上は食べる北斗一家が全力で食べたとしても、店には全然利益が出る、と。

 

食材の原価に合わせて、それを調理するお金、地代や人件費、光熱費など諸経費を客が払う費用から抜いたものが店の利益なのだと認識している。

 

つまり、消費者側が支払うお金は食べものそのものプラスもろもろの経費プラス利益分なのであって、食べ物そのものだけで支払った金額分にしようとすることはどだい不可能だ。

 

なんで誰も得をしないことをしようとするんだろう?

というか突き詰めて考えると仮に自分がたくさん食べて元がとれるとしたら、つまりそのことによって店は利益が出ないか、マイナスになることを意味する。

つまり、「もう食べたくない」と思いながらも必死で詰め込んだとすると、自分は具合が悪くなるし、店は損失がどんどん出るしで誰も得をしないということになる。

特に好きでもなくても原価率の高いものばかりわざと食べたり、無理に食べたりして、そこまでして店に損させたいのかな?と不思議に思う。

 

まあ、実際にはそんなことで店に損失は出やしないから、あくまで考え方の話。

 

わざわざ高いお金を出して食事をする目的を何だと思っているのか?

私自身は、特に外食は楽しむためにするものだと思っている。普段食べられない美味しいもの、店の空間や雰囲気など。

ただ、人によって目的さまざまだし、お腹いっぱいになればなんでもいい人だっている。大食漢ならなおさらかもしれない。

 

普通よりは高いお金を出して食事する理由が私はそれくらしか思いつかないのだけど、それにしても「楽しむ」という目的にも「お腹をいっぱいにする」という目的にも「すでにお腹がいっぱいでおいしくも楽しくもないのに食べ続ける」という行動がそぐわなくてよくわからないなぁ、と思う。

 

それから、話が重なるけど原価の高いものを食べなきゃ損!とばかりにネットに書いていた原価率の高いものばかり食べたりするのも謎。

食べたいなら食べればいいし、そこまでじゃないなら他の食べたいものを食べればいい。それができるのがバイキングなのに。

 

「元をとらなきゃ」と必死になる人の傾向

私が今まで知り合ってきた人で元を取るという考え方にこだわる人を思い返してみると、ひとつの傾向に思い当たった。

それは、損することに対する強い恐怖を抱えているということ。

 

金銭に対するものだけではない。何かにつけて「自分だけは得したい」「損したくない」「損するのではないか」そう思っているのが日頃から見える人たちだった。

人間誰しも少なからず思うことだし、私だって思っている。

しかし、それが日常的に傍目から明らかなレベルでの執着が見える感じだと、食べ放題に行ったら十中八九「元を取らなきゃ」「もっと食べないと損」と言いだすと思っている。

 

 

私も、実は大学に入るまで、いろんな失う恐怖を抱えていた頃は元をとろうとしていた。

心に余裕がなかったし。

人間の三大欲求の中で睡眠欲だけがビジネスとして成立してないけど、なんで?

具体的には、お外で欲求を満たすビジネスの話。

 

自分のところで供給不可能な場合、食欲を満たすなら飲食店に行く。性欲を満たすなら風俗店に行く。睡眠欲を満たすには・・・?

と急に疑問に思った。

前の2つはかなり大規模な市場をもつ。

ホテルも一応寝るための施設だけれど、「熟睡したいからホテルに行く」みたいな人は少数派なのではないか?

なぜ睡眠だけが別扱いになっているのだ?

 

低反発枕とか寝具は普通に売っているけど、それはあくまで自宅で楽しむためのものだ。

 

と、書いていて理由は勝手に思いついた。

 

食事は、種類が豊富で調理方法もさまざまで、自分でできることには限界がある。時間もかかる。だから、外食する。

性欲については、そもそも自分一人でできないことがいろいろあるため、外注せざるを得ない場合がある。

しかしながら、睡眠に関してはもう何時間眠るか、悪夢をみないか、途中で目覚めないかとかそこらくらいしか違いがなく、他人が関わる場所がない。睡眠の質があまりに悪ければ、医者にかかるとかそっちになってくる。

 

 

結論:睡眠には上質とか悪質とかの種類もグラデーションがあまりないのと、他人にできることがあんまりないから。

 

不倫が駄目なのはわかるけど、過剰反応する人はみんなが自分と同じ人間だと思ってるんじゃないかな

一盗二卑三妾四妓五妻という言葉があって、これは男性にとって魅力的に感じる女の順番を指す。

現代風にいうと、1位・人妻 2位・下女や女中*1 3位・愛人 4位・風俗嬢 5位・自分の妻 という話。

問題は、その男性にとって最も魅力的でない「妻」が、他の男から見ると最も魅力的だということだ。

本当かは知らないが、言葉として存在している以上一定層このような価値観の人間がいるのではないかと思われる。

www.in-activism.com

ずっと書きたかった話なのだが、内容が内容で書いていなかった。でもこのエントリを読んで勇気が出たのですぐさま書いた。

 

不倫がいけないのはもう我が国のルールとして決められているので、私もそこはもう批判する気はない。

多額の慰謝料、プライバシーや人権の侵害・・・

たまに配偶者が不倫したから事の最中の映像や音声を撮って双方の弁護士と両親の前で流して返済に何十年もかかるレベルの慰謝料を取ってやった、みたいな話がネットに湧く。

私は正直これを見て引いた。

で、それに対して賞賛のコメントが雨あられのようについているのを見てその清らかな恋愛信奉者の群を前に、心底気分が悪くなった。

 

中には明らかに不倫された側の配偶者への扱いのひどさがトリガーだったと思われるのに、攻撃が不倫した人間に集中するのもなんだかカルト教団の儀式でも見ているようで恐ろしい。

 

子どもがいたりお金を使いこんだり、夫婦の仲が悪くないのにも関わらず相手に対する最低限のケアとかを怠ったら、それはダメだ。

というかそれは、理由が不倫でなくともダメだ。

不倫相手との間に子どもを作るのも、家族関係を別な人間と形成してしまっているという点において良くない。

 

でも、子どもがいなくて、たった一度のことで、おまけに配偶者とはそれまでと変わらない生活をしていた。それなのに上記のとんでもない仕打ちはあまりにも私の理解の範疇を越している。

だってそれ、要するに「僕(私)に悲しい思いをさせた!だから社会的地位も人権もお金も親族との繋がりも全部捨てて償え!」ってことでしょ?

 

自分の見られたくない姿を最も見られたくない人に勝手に撮られて流され(普通に犯罪)、何百万の慰謝料をぶん取る、その理由が「私/僕に悲しい思いをさせた!」なんて・・・自分の悲しい気持ちにそれだけの権利があるという、なんというか・・・自分のことをすごく価値のある人間だと思っているのだなあ、と自分とは全く違う人間を見るような気持ちでいた。

 

まあ、「不倫をされた悲しさ」に個人差があるのはわかる。

気にせずほっとく人もいれば、自殺せんばかりに(本当にしたり)悲しむ人もいる。

 

だからその人が自分の命を失いかねないばかりに悲しいタイプの人なんだったら、もうそれはそれでいいと思う。日本国にはそれができる制度が整っている。

私も浮気ならされたことがあるが、別に私との関係は変わらなかったから気にしなかったし、度を越さなければほっとくタイプなのでよくわからないけれど(もろもろの理由から、私は浮気はしたことがない)。

 

でもね、それを見ていて、やれやれ!もっと酷い仕打ちをしてやれ!まだぬるい!

と叫んでいる人たちは??

第三者なのに、全く関係ない第三者をさらに不幸にしろ、問答不要で悪だ!と騒ぎ立てられるなんて??

ベッキーの騒動だって、しょせん川谷元夫妻とベッキーの3人の間の問題だ。

 

 

不倫の要因にはいろいろあるので全部さわっていたらキリがないので、私が申し上げたいのは

「性欲の多寡・異性に関心を持つ/持たれることに対する欲求は人によって大きく異なる」

「恋愛と性交渉を切り離して考えられる人と、結びつけてしか考えられない人がいる」

ということだ。

性欲の多寡・異性に関心を持つ/持たれることに対する欲求は人によって大きく異なる

私の憶測では、不倫をする気がおきない人(しない人ではない)は、極端に性欲と異性への多方面の関心が薄いのだと思う。

逆に、不倫の常習犯はそれが非常に強いのだろう。

前者が不倫をしないようにするのなんて、全く難しいことじゃない。

でも、後者が不倫を我慢するのは途方もない労力が必要になってくるんじゃないだろうか。

 

一人の女性で満足できる人もいる。性交渉がなくても生きていける人もいる。でも、不特定多数に常に目が向き、性欲の強さを必死で抑えている人もいる。

不倫に対する批判に「他の異性と関係を持つならきっぱり離婚してからにしろ」というものがある。

しかし人間の強い生理的欲求(性欲)を、情動を甘くみてはいけない。そこまで悠長に待てるレベルのものとは限らない。基本的にそれらは、「今すぐ欲しくてどうすることもできない」レベルのものなのだから。

生活に何か不満や満たされないものがあればなおさらだ。基本的に、人間は他の欲求不満を生理的欲求で代償しやすいものだ。

 

不倫が悪だ!と声高に主張する人たちは、きっと前者なんだろう。一人の異性で満足できるか、性欲が薄いか、複数の異性に対する関心がないか、それか本当は不倫したいのを必死で我慢している反動か。

「自分はちょっと気を付けていれば不倫なんて気は起らないのに、お前にそれができないなんて我慢が足りない!モラルに欠ける!」

でも、世の中全ての人があなたたちと同じくらいの労力で他の異性への欲求を我慢できるわけじゃない。

恋愛と性交渉を切り離して考えられる人と、結びつけてしか考えられない人がいる

それから、「恋愛感情を抱いた人としかしたくない」タイプもまず間違いなく不倫を叩く。だって、性交渉をもったということは、イコール恋愛感情をもったということになるから。それはもう結婚による関係の破たんを示す。

性交渉がロマンチックで神聖で、特別なものだと思っているかもしれない。

 

一方、恋愛感情がなくても生理的欲求の解消、娯楽程度の価値観でいれば、パートナー以外と性交渉をもつことへのハードルが低い可能性が高い。

睡眠欲・食欲と同程度の位置付けで性的欲求を捉えているかもしれない。外食みたいなものだ。

 前者からみて後者は理解不能なんだろう。でも、恋愛感情と性交渉は誰にとってもイコールじゃない。

www.taiyaki-oyako.com

この人は多分、両方前者なんだろうな。そう思った。

まとめ

当事者同士の問題は、当事者と法律が解消してくれる。私も当事者間で被害について話し合い、しかるべき罰や処遇を下されるのは人間関係の清算という意味において、必要な処置だと思っている。

でも、だからせめて、まったくの赤の他人は自分と違う人間かもしれない、という視点をもって冷静になってはどうだろうか。

不倫をしやすい人は、「不倫が悪」という現代社会にたまたま不倫しやすいという星のもとに生まれてきてしまった、運の悪い人たち。時代が違えば強者だったかもしれない。

不倫を叩く、不倫しにくい星のもとに生まれ育った人たちは、自らの生育環境・性質と社会の規範がたまたま合致していた幸せな人たちだ。

 

結局あなたたちが攻撃しているのは、自分にはなんの関係もない人たちだ。

*1:未婚で素人の女という説も

ブスは甘え論に対する違和感について

 

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ブスは必ずしも甘えではない。

甘えてるからブスなわけではない。それなりの理由があってのブスだ。

 

キレイになるためのもろもろのコストは人によって大幅に異なる。

ダイエットひとつとってみても、痩せやすい体質の人は太りやすい体質の人に比べてはるかに楽だ。骨太だとそもそも体重が落としにくいし、ほっそりして見えない。

食べるのが好きな人は食にそこまで興味のない人より痩せるのがしんどいかもしれない。

 

キレイになるためのコストが低い人が綺麗になれたからといって、コストの高い人が四苦八苦しているのを見て「甘え」などど言い放つのは笑止千万である。

(でも、コストが高い人が「キレイ」を達成したあかつきには四苦八苦している人をまた努力不足と嘲笑する無限ループが起こりやすい)

「ブスは甘え」論者の主張

 ・メイクや服やスキンケアでどうにでもなるのに、それをしないのは甘え

・ダイエットすればキレイになれるのに食べ続けるのは甘え

・私が努力してキレイになったから、ブスな奴は努力していない

「ブスは甘え」と言い放つ人の傾向

 もう90%はこれ。

金と時間と労力を使ってブス(もしくは普通)と言われているところからある程度キレイになって(もしくはそれをやろうとしててできない)、なおかつまだコンプレックスが抜けきっていない奴。

残り10%は金と時間と労力を使って美を維持している美人。

ブスは甘えとかそんなもので片づけられるものではない

 私がブスだった頃の話をしよう。

 

高校生くらいのとき、醜貌恐怖症であった。

自分の顔が吐き気をもよおすほど不細工だと思っていたので、他人に顔を見せてはいけないと思い、絶対他人と顔を合わせようとしなかった。

 まともな顔に生まれていたら、と毎日毎時間思う生活はなかなかきつい。

 

私がブスなのにキレイになる努力をしなかった理由

・壊滅的に不細工だと思いこんでいたので、化粧やどうやで改善されると全く思えなかった

・単純に家が厳しく、お金がなかった

・お洒落な服は、可愛い娘だけが着ることを許されているものだと思いこんでいた

・おぞましいほどのブスなのに化粧なんかしてたら嘲笑の的になると思って動けなかった

脱ブスの経緯

醜貌恐怖症とは対人恐怖症の一種であり、対人恐怖症で強迫的なものを併発している場合は、自分の中の不安や恐怖をその対象に移し替えることで自我の崩壊を防ごうとするとことから始まる(おそらく)。

 

つまり、私は自分が劣っていて価値がなく、まともに他人とコミュニケーションをとれない、生きている価値がない人間だ、というところを「見た目」に移し替えていた。

つまり、「私は途方もなく不細工だからみんなから嫌われるのだ」と。

対人恐怖症は、現実認知の歪みを特徴とする。

 

とどのつまり、対人恐怖症を必死で脱した後に気づいたのだが、私は実はブスではなかった。きわめて平均的な顔立ちだった。

それに気づいたときから、化粧や服や髪型で自分を小ぎれいに見せようとする前向きなモチベーションが生まれた。普通なんだから、多少つくればマシになるってことに対して。

(現在は偏差値53の見た目を自負している)

 

でも、「ブスな自分」のイメージは根強く残っており、たまに鏡を見ても自分を一瞬認識できないときがあったりする。現実として今はブスじゃない今をまだ認知しきれていない感がある。

 

 

そんな感じで、甘えの一言で片づけられないほどブスは根が深かったりするのだ。

あとブスでいけない理由も別にないし、自分の見た目をどのようにしようと個人の勝手なので、そもそも小ぎれいにすることに興味がない人もいる。

そういった人に対して「甘え」というのはちょっと意味がわからない。単にモチベーションor興味がないだけなのに。

「女の子は頭からっぽでいい」の歌詞は、一定数のニーズがあるから生まれたのだよ

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HKT48の新曲のアインシュタインよりディアナ・アグロン歌詞が炎上していた。

女性蔑視に聞こえる一昔前に戻ったような歌詞が問題らしい。

女の子は
可愛くなきゃね
学生時代は
おバカでいい
今 一番 大切なことは そう
キャピキャピと
音が聴こえることでしょう?

その歌詞の内容に反感を持つ気持ちは否定しないし、ディアナ・アグロンはそんなんじゃないという意見にも否定しない。

それより私が否定するのは、この二つの反論である。

 

  1. (アイドル業により)ろくに学校教育も受けることのできない若い女の子たちがこんな歌を歌わされて可哀想
  2. 「頭からっぽでいい」なんて歌詞を作った秋元康氏の価値観はおかしい・時代錯誤

 

1に対して

そもそも、女の子の若さ・かわいらしさなどを売りにするアイドル業には、「とにかく無駄に頭が良かったりせずに無邪気で可愛ければいい」という顧客のニーズは切っても切れない。

こういった女の子(の立ち振る舞い)が主流であり、ドルヲタにとって絶大な支持があるからだ。

 

ビジネスである以上、これらのニーズを満たすことが利益に繋がるのがアイドルだ。

とどのつまり、アイドルという仕事を選んだ時点で(自分の人格に関わらず)こういった振る舞いをすることを覚悟しなくてはいけないし、その仕事を選んだのは本人だ。

アイドルは憧れてオーディションを受けて・・・というのが一般的であり、基本的には無理やりやらされてなる職業ではない。

ある程度活動していけば「ただただかわいらしく」いることへのリスクくらいわかるだろうし、周囲も忠告してくるだろう(おそらく)。

 

だから、そもそもアイドルに求められるものは「頭からっぽでも可愛ければいい」であり、その職業を選択したのはどんな理由があれ本人たちだから、可哀想でもなんでもない。

 

2に対して

アイドル業はビジネスである。すなわち、売れないと思われたものは世にでにくい。

「売れる」というのは何かというと、ターゲットとする顧客の層のニーズを満たす・呼び起こすなどがひとつ挙げられると思う。

 

また、HKT48は日本トップクラスの大規模かつメジャーなグループであるので、運営には数多くの人間が携わっている。

どれだけ秋元氏がごり押ししたところで、売れそうもない(お金にならない)ものにゴーサインが出るとは思えない。

 

要するに、「頭からっぽでも可愛い女の子」を称賛する、求める需要があったからこそ供給されたものではないか。

これらの批判は予想されていたものだろうから、ある意味実験的なものか

何か狙ったものなのか・・・。

 

というか、HKTファンの中ではけっこう評価が高いらしい。そういうことだ。

 

 

炎上とは往々にして短絡的かつ感情的なものから派生するので、私もちょっと乗って物申してみたくなった。

相性の合わない面接官の話

「あ、これはあかん」

見た瞬間そうなるタイプの人がいる。もうジンクスみたいなものなのだが、私にとってそれは華やか系の若めの女性だ。

逆に相性が良い、通過率の高いタイプは「硬派でないおじさん」。

 

今まで入りたい!と強く思った企業に限って、二次面接くらいでこのタイプが出てきて落ちるパターンが多い。

 

面接で相性が悪いとは何か。

私は、一方の言動に対して、もう片方がマイナスに捉える割合の高さだと思う。

あまり面接官が不用意な発言をすることはないので、受ける側が言ったことに対しての面接官の受け取り方と言っても良い。

(逆に面接官の発言や質問がやけにカンに障ったり、質問がマイナスの意味に聞こえたりすることもある)

 

最近面接にいった会社では、一次面接のおじさんと二次面接のお姉さんに同じことを聞かれて同じように話したが、お姉さんがビックリするくらいアピールしたいことに対して無反応かつ、マイナス要素の答え方を思ったよりだいぶ大きく取られた。

おじさんは基本的に面白がって聞いてくれた。

 

もちろん、マイナス要素と言ってもそのまま言うわけではない。

たとえば前職を辞めた理由なら、「売上と同時に顧客満足度を上げるべく○○に取り組んできた。しかし会社が売上偏重の傾向が強くなり、自分の●●な人間になりたいという目標から外れてきたので転職を決意した」(例)の場合。

 

相性が良い人は、「顧客満足度を上げたい」ところに対して突っ込んでくれる。

相性の悪い人は、「売上を上げることは営業の基本だが、その点はうちで大丈夫か?」と聞いていくる。

そんな感じが質問に答えるごとに続くと、おそらくお互い嫌になってくるのである。

 

いずれも答えをきっちり用意すればよい話だし、私もある程度はする。

面接官によって合否が左右されるなんて言うのは、どんな人が相手でも内定を勝ち取るつもりで準備をしてこなかった結果なのかもしれない。

 

しかしながら、私は「勝ち取る」なんていうほど就職・企業勤めに対する熱意がそもそもないので、しょうこりもなく同じことを繰り返している。

 

 

あと、私は非常におじさん受けの良い見た目をしているので好意的に見てもらえている部分は大いにあると思う。

若い男女には見た目フィルターが作動しなくなるので、とても悲しい。