読書系フリーターのある日

どうでもいいことを吐き出してく雑記サブブログ。女性アイドルが好き。

「女の子は頭からっぽでいい」の歌詞は、一定数のニーズがあるから生まれたのだよ

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HKT48の新曲のアインシュタインよりディアナ・アグロン歌詞が炎上していた。

女性蔑視に聞こえる一昔前に戻ったような歌詞が問題らしい。

女の子は
可愛くなきゃね
学生時代は
おバカでいい
今 一番 大切なことは そう
キャピキャピと
音が聴こえることでしょう?

その歌詞の内容に反感を持つ気持ちは否定しないし、ディアナ・アグロンはそんなんじゃないという意見にも否定しない。

それより私が否定するのは、この二つの反論である。

 

  1. (アイドル業により)ろくに学校教育も受けることのできない若い女の子たちがこんな歌を歌わされて可哀想
  2. 「頭からっぽでいい」なんて歌詞を作った秋元康氏の価値観はおかしい・時代錯誤

 

1に対して

そもそも、女の子の若さ・かわいらしさなどを売りにするアイドル業には、「とにかく無駄に頭が良かったりせずに無邪気で可愛ければいい」という顧客のニーズは切っても切れない。

こういった女の子(の立ち振る舞い)が主流であり、ドルヲタにとって絶大な支持があるからだ。

 

ビジネスである以上、これらのニーズを満たすことが利益に繋がるのがアイドルだ。

とどのつまり、アイドルという仕事を選んだ時点で(自分の人格に関わらず)こういった振る舞いをすることを覚悟しなくてはいけないし、その仕事を選んだのは本人だ。

アイドルは憧れてオーディションを受けて・・・というのが一般的であり、基本的には無理やりやらされてなる職業ではない。

ある程度活動していけば「ただただかわいらしく」いることへのリスクくらいわかるだろうし、周囲も忠告してくるだろう(おそらく)。

 

だから、そもそもアイドルに求められるものは「頭からっぽでも可愛ければいい」であり、その職業を選択したのはどんな理由があれ本人たちだから、可哀想でもなんでもない。

 

2に対して

アイドル業はビジネスである。すなわち、売れないと思われたものは世にでにくい。

「売れる」というのは何かというと、ターゲットとする顧客の層のニーズを満たす・呼び起こすなどがひとつ挙げられると思う。

 

また、HKT48は日本トップクラスの大規模かつメジャーなグループであるので、運営には数多くの人間が携わっている。

どれだけ秋元氏がごり押ししたところで、売れそうもない(お金にならない)ものにゴーサインが出るとは思えない。

 

要するに、「頭からっぽでも可愛い女の子」を称賛する、求める需要があったからこそ供給されたものではないか。

これらの批判は予想されていたものだろうから、ある意味実験的なものか

何か狙ったものなのか・・・。

 

というか、HKTファンの中ではけっこう評価が高いらしい。そういうことだ。

 

 

炎上とは往々にして短絡的かつ感情的なものから派生するので、私もちょっと乗って物申してみたくなった。